1993/11/14 快晴、西の方雲あり

太字:当時の日記より)
(細字:注釈)

持ち物
時刻表、ノート、下敷き、筆箱、地図帳、ガイドブック、シュラフ、コート、トレーナー2、長袖シャツ1、ジーンズ2、パンツ4、Tシャツ7、靴下5、帽子、タオル、ハンカチ、ティッシュ、ドライヤー・くし、ヘアスプレー、歯ブラシ、歯磨き粉、石鹸、洗顔フォーム、ひげ剃り、シェービングクリーム、洗剤、ビニール袋、セロファンテープ、恋人からの差し入れ、文庫本、食料

 このころから今に至るまで変わっていない私の悪癖は、「旅に余分なものを持っていきすぎる」ということであろう。地図帳はともかくガイドブック持参の事実は、太宰治・坂口安吾を読んで放浪を志したとは口が裂けても言えない醜態である。しかも、この頃の私は「高校をやめる」と親兄弟友人にいたるまできっぱりと宣言し、潔い心持ちになっていたはずなのにである。若さというよりは、私の治しようのない性格というべきであろう。
このガイドブックのおかげで、貴重な10日間が観光地巡りとグルメ賞味ツアーの色彩 を帯びてしまったのは、恥ずかしくて他人には言えない事実である。ヘアスプレー、食料も然りである。
放浪の旅に出る前日に、朝CAN(カロリーメイトみたいな栄養バランス飲料)とコンビーフの缶詰を買いに行ったなどという事実は、出来れば目をそらせたい過去でもある。

06:10
 高架ホームの6番線(註:出発地点の岐阜駅)で、縦縞の三文チンピラにからまれた。(中略)電車の中でもしつこく寄ってくる。(中略)前途多難になりそうである。

08:04
 (註:長浜にて、シュラフを持ち歩くことで)周囲の好奇な目はあまり気持ちよく感じない。日曜出発でまだよかった気がする。

 この旅が現実からの逃避であることを、思い知った第一歩であった。

11:18
 西舞鶴で降りよう。

12:18
 細川幽斎(註:戦国時代の武将)の築いた田辺城は紅葉がきれい。昼飯を朝CAN、コンビーフ、ベビースターですます。朝も家から持ってきたロールパン。夕飯はまともなものが食いたい。

 このあたりの描写が、旅の定義である「放浪」が怪しくなる前兆であることに気付いたのは、数年経って日記を読み返してからであった。

15:08
 酒臭い電車の次は、似たような渡し舟。団体旅行のシーズンということを忘れていた。(平日である)明日からがいい。空くだろう。
 玄武洞はでかい。マグマが噴出するとき、冷えた固まりから熱伝導の中心にになって、六角形ごとに割れる、とある。団体がうるさいのはたまらない。

 城崎温泉近郊にある、奇岩景勝で有名な玄武洞へ観光に行ったのである。団体客がイヤならば、観光地巡りをやめればいいのではないか、という素朴な疑問は、この時の私の胸の内には去来しなかったようである。

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16:28
 列車から見た城崎は、用水路や岩肌が錆色になっている。温泉のせいだろうか。城崎で降りた団体は、何かの同窓会らしい。楽しそうだとうらやましく思う。
 (中略)
 竹の緑と杉の緑の間の紅葉。一つだけぽつんとある墓は、目の前の柿の木が熟して、永代供養。どこで降りようと、そればかり考え、どこで食べよう、どこで寝ようとつまらぬ 気遣い事ばかり。

18:19
 もう、4、50分前から暗い。餘部(註:美しい鉄橋がある場所で、そのたもとに海がある)の海岸は明るかった、といっても日は沈んでいたが、のに。(海岸から駅まで)登ってくる道は暗いし、駅には蛾しかいないしやはり恐い。
 海は満ち潮の時間だった。誰もいないゴロタ石の浜。両側に山が迫り、湾になっている。自然はでかいとここでも思う。僕の考えていることは卑小だ。

20:00
 豊岡の駅前商店街の小さなラーメン屋でラーメンを食う。うまかった。(中略)しっかりお礼を言って店を出た。

 少しずつ、自分が見えて謙虚になってきたようである。

22:10
 (註:城崎にて)良い風呂だった。(中略)僕以外の全てが旅館からの客。これを虚しいと言わずにいられようか、言っても無駄 であるが。
 志賀直哉が愛した町にしては下品な。時代が変わったからしょうがないとも言える。

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 ではあるが、まだまだ傲慢である。

23:20
 今夜は浜坂(註:兵庫県北部の漁港)で夜を明かす。といっても2時2分まで。「だいせん」(註:山陰を走る夜行列車、この旅行では乗り放題の周遊券を持っていたのでよくお世話になった)で豊岡に戻り、朝の列車でまた浜坂へ。別 にここにずっといても構わないのだが、夜はともかく、暁の冷え込みはたまらない。

 勿体ぶって言い訳がましいのも、私の治らない性分である。萌芽はこの頃にすでにあったというべきだろう。


周遊券代     21010円
今日の使用金額  1680円

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