思い出せない過去

 ふと懐かしさを探そうと、CDラックをあさった。感傷にふけるのはあまり見栄えのする行為ではないから、背中を丸めてごそごそとやる。
 たいがいのCDを手に取ったときには、買ったときの動機、聴いていたときの心境、それが流行り歌だった時の自分など、いろいろな思いが渾然一体となって交錯する。懐かしさを喚起させるものもあれば、「あのころはこんなくだらないポップスに心打たれていたんだなぁ」と、ほろ苦い微笑が胸に浮かぶものもある。読者諸兄にも覚えがあることだろう。

 「浜田麻里 Anti-Heroine」が、一番奥の方からでてきた。
 「?」
 当時も今も、浜田麻里というシンガーには何の思い入れもなかった、はずだ。私が思い入れも流行りも関係なしにCDを買う人間かどうかは、自分がよくわかっている。だからこそ、ほかのCDには何らかの形で私の過去をよみがえらせるものがあるのだ。
 このCDだけは、なぜ買ったのか、いつ買ったのか、どのような思いで聴いていたのかが全く思い出せない。とりあえずかけてみたのだが、胸には何も去来しなかった。

 こういった過去の遺物が、年をとるごとにゆっくりと堆積していくのだろう。それを思い出せなくなるというのが、すなわち年をとっていくということの実感なのだろう。
 うずもれた遺跡のように、ひょんなことから表土に浮かび上がる。考古学者がその謎を考えるように、私もしばし時を忘れる。

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