ニルギリ

ニルギリ 知る人ぞ知る紅茶、ニルギリ。
 紅茶の葉は少し大ぶりのものが良くて、くずの細かい葉はミルクティーにして飲む。日本の粉茶と同じだ。
 そういう万国共通の常識以外にも、紅茶の葉には様々な形がある。葉を丸めて乾燥させてある、というのがそれになる。
 ニルギリの紅茶にはその形状のものが多い、と思う。おそらく、抽出に関係するのだろう。それとも、ニルギリの茶葉はそれほど上質でないのかもしれない。
 ダージリンほどくせがなくて、飲みやすい紅茶だ。

 今日はフランス映画を見ていた。リュック・ベッソンの「サブウェイ」。映画の筋をここで話すのは、みなさまの楽しみを奪うことになるので控えておくが、大変面白い映画だった。
 ぎりぎりのところで冷淡、そして温かかった。

 改めて自分を振り返ってみれば、「秀才肌(秀才ではない)」な生き方をしていたのだな、と思う。セオリーをはずさない、エクスキューズを常に用意しておく、左脳で行動する。もっともそれでは平凡すぎるというので、時には人がしないことをしてみせる。そう、これが道化の快楽。言い換えれば、「天才肌(秀才肌と同じく、天才ではない)のふり」をする。
 僕の行動は理解できないようにみえて、必ず言をつくせば他者の理解を求められる。おそらく、本当の天才肌と大きく異なるのは、ひとえにこの一点なのだろう。直感によって為された独創的な行動は、決して他者の共感を呼ばない。その孤独に耐えうるものが天才肌であり、それをリスクと見なすのが秀才肌である。結果として僕は「失わずに」すんできた。そのかわり、掌から「いくつかのなにか」がこぼれ落ちた。
 セイフティー・ネットの上で華麗に踊ってみせる綱渡り。誰でもない、その醜態をあざ笑うのは足下のネットを見続けて歩くピエロなんだ。

 計算された事象。
 堕ちることのない勇気。

 違う。

 まだ美しさは、見果てぬところにある。そう、まだ見えぬところに。

 「地獄の底まで堕ちねばならぬ。堕ちた先にこそ真実が存在するのだ。」

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