1998/02/26 漫遊二日目(松山-広島)

1998/02/26 漫遊二日目(松山-広島) 松山に着いたのは真夜中である。特急列車から降り立った乗客は、三々五々と家路についていく。何もあてがないのは我々二人だけである。
 ・・・松山駅には夜も開放されている待合室がない。しかし、ホテルを探す金もない。しかたがないので風を避けられそうな通路の隅っこを見つけ、そこでシュラフを出して夜を明かすことにする。暴走族の爆音が時折騒がしい。いささか物騒ではあるが、そばに交番があるので、何とかなるだろう。
 同じ境遇におかれた酔っぱらいのおっさんも、そばでごろ寝している。さすがに寒そうではあるが、シュラフにくるまっていればそうでもことなく、疲れも手伝って眠りにつく。

 朝5時には目が覚める。少し人通りができていて、みんな奇異な視線をちらりと投げかけていく。普段と違った視線から、街を眺めるのもよいものである。・・・やせ我慢はさておいて、シュラフを片づけ町の中心部に出ることにする。松山の中心はここから少し離れた伊予電鉄の松山市駅である。松山駅前にはまだ開いている喫茶店もないので、歩いてそこに向かう。
 松山市駅前では、なぜかかまぼこ屋さんだけ、すでに明かりがついている。海の町らしくて、風情がある。エビ天とイカ天を食べる。素朴で、やはり作りたてだからであろう、いい味である。
 唐突にピンキーが「追試がある!」と叫びだした。留守番電話にそんなメッセージが入っていたからである。顔面蒼白になった彼女はパニックになって、食べかけのゴボ天をあろうことかゴミ箱に捨て、タクシーに飛び乗ってしまう。結局松山駅まで逆戻りし、試験を受けないことに決めてモーニングコーヒーにする。駅前の「時計台」という喫茶店で、おいしいコーヒーだった。朝からこんなコーヒーにあたるとは、一日のはじまりも気分が良いというものである。

 路面 電車で道後温泉に行く。駅から温泉まではアーケードの繁華街になっていて、おみやげ物屋が軒を連ねる、変哲のない街並みである。道後温泉の本館まで歩くこと数分。この本館は明治27年に建てられた重要文化財で、道後の町にあって唯一その伝統を感じさせてくれる。改築がトタン屋根なのも、ご愛敬である。
 夏目漱石の「坊ちゃん」にも、この道後温泉が登場する。小説に選れば、坊ちゃんはここ道後温泉本館の一番高級な湯につかったのである。本館は3ランクに分けられていて、それぞれ待合室、お茶や浴衣の有る無しで差がつけられている。1240円なりを払い、当然その一番高級な「霊の湯」に入る。3階にあがり、個室に通 され、浴衣が運ばれる。浮世離れした蕩尽の香りがして、小原庄助さんも真っ青な朝風呂である。

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 さっぱりとした湯につかり、浴衣姿で天目茶碗のお茶を飲む。ピンキーは、「坊ちゃん」文中にあるとおり、ちゃんと湯船で泳いできたそうである。ちなみに、彼女は「坊ちゃん」を読んだことがないのであるが、お調子者の行動は時を越えて普遍、ということであろうか。「坊ちゃん団子」もついている。おやつの用意だけがいいピンキーは、温泉の前にあった土産物屋で「たると」なる四国銘菓も購入し、一緒に頬ばっている。昨夜の野宿がうそのような、極楽気分である。

 道後温泉から再び路面電車で松山市内に舞い戻り、「銀天街」という市内一の繁華街、であろう、を歩く。地方の中心都市だけあって、百貨店やブティックの揃いは50万人都市規模である。「銀天街」という名はおそらく「銀座天国」などから命名されたと思われるが、アーケードの様子などはどう見たところで大阪心斎橋である。ただ、人通 りが少ないので、ゆったりとした街に感じる。古本屋が多く、くだけた風であるのもまたよい。ちなみに、「銀天街」の愛称は中四国各地で見かけたので、この地方の習俗、と呼んでも差し支えないだろう。都会への憧れ、というやつである。

 松山市駅から伊予電鉄に乗り、三津浜港へ向かう。昼過ぎの地方私鉄にしては、まずまずの混み具合。20分ほどで三津駅に着き、人に道を訊ねながら潮のにおいがする商店街を港まで歩く。商店街はこれ以上さびれようもないといった様子で、人通 りもまばらである。新しい建物もなく、まるで昭和40年代を思わせる。
 13時20分発の広島行きフェリーに乗船。ローカルフェリーのくせに、女性クルーは美人である。意外な気がする。ピンキーは窓側に座ると、どこでいつの間に買い込んだのか、ごそごそとお菓子を取り出し、もそもそと食べはじめている。
 フェリーの窓からは「ターナー島」が見える。これも「坊ちゃん」登場の小島で、登場人物が「ターナーの絵に似ている」と言ったことからその名で親しまれている。松がぽつんと生える、本当に小さな島で、ターナーというよりは南画のおもむきが強い。明治文化人の常として、漱石も西洋かぶれだったのだろう。

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 途中船は呉に寄港し、ちょうど3時間で広島の宇品港に着く。港からは、ここでも走っている路面 電車で市内へ。やたら古い路面電車ではあるが、その飛ばしっぷりは大したものだ。

 広島駅前まで、およそ30分の道のりであった。広島というと「ヤクザ」「菅原文太」「ガラが悪い」という連想方程式が脳裏をよぎるので、今晩はホテルに泊まることにする。安ホテルを探そうと、ハローダイヤル、ホテルガイド、タウンページをしらみ潰しに探し、電話をかけていく。結局ピンキーが探し当てた「セジュールフジタ」が最も安かったので、そこに向かうことにする。繁華街の西、川を渡った舟入町。「やっぱりピンコは有能だね」と、見つけた本人はいたくご満悦の様子である。
 さてその「セジュールフジタ」であるが、ワンルームマンションをホテルに改造したつくりになっていて、普通 のホテルよりもくつろげるし、台所などもついている。。中はきれいで清掃も行き届いていた。これで値段は7350円。二人分の料金である。破格というべきだろう。

 荷を置いて、繁華街で夕食にする。「酔心」という、広島銘酒の蔵元が直営する大衆割烹が目的の店である。そこでカキフライ、カキのたたき、オコゼの唐揚げなどを注文し、ビールと熱燗で一杯。よい気分である。さすがにカキは新鮮で、生臭さが全くない。
 いい気分に酔ったので、帰りは路面電車に乗るのも面倒くさくなり、タクシーで宿に帰る。

 ぐっすり寝こけて目が覚めてみると、夜中の2時だった。少し胃に入れたい、という飲んだ後特有の感覚に襲われたので、コンビニエンスストアーまで買い物に行く。途中、民家の玄関に、

 「被爆国の首相は懺悔し、八月六日、九日を国民の休日にせよ」

 という張り紙を見つける。悄然とした気持ちになり、明日は平和記念資料館を訪れようと思った。


今日の行程

路面電車 松山駅前 道後温泉 約20分
路面電車 道後温泉 大街道 約10分
伊予電鉄 松山市 12:15 三津 約20分
フェリー 三津浜港 13:20 広島港 16:20
路面電車 宇品 広島駅前 約30分
路面電車 広島駅前 舟入町 約20分
路面電車 舟入町 立町 約10分
タクシー 立町 舟入町 約5分

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