大好きなオモチャに囲まれて

大好きなオモチャに囲まれて同年代の友人達と、「大人になった実感はあるか?」という話をしていた。ある人はあるようだけれども、ないと答えた奴が圧倒的に多い。僕の周囲でヒアリングしたというバイアスはさておいても、結婚するまではなかなか大人の実感なんて湧かないような気がする。結婚後もあやしいもんだ。子供を持てばさすがに意識も変わると思うが、それは親子という上下軸、の置換であり、狭義のアイデンティフィケーションではない。

・大人にしかできないこと、が減少しているから。
・明確な境い目となる儀式、が存在しないから。
・いつまでも親が元気=カネもあれば面倒も見てくれるから。

こんなところが理由だろうか。子供の期間が長くてもすむ社会、というのは平和と豊かさの象徴みたいなものだ。逆にいえば早く大人にならざるを得ない社会、というのは貧困と殺伐の必然なのであって、巷間よくあるようにジジババが若者を責めるのはお門違いのような気がする。
そりゃビンボーな時代に大人にならざるをえなかった君たちの嫉妬であって、僕らに対する正当な説教ではない。

「子供でいたーい、ずっとずっといたーい、大好きなオモチャに囲まれてー♪」という某玩具店のCMソングがあるけれど、なかなか鋭い。正確には、オモチャに囲まれてりゃ誰だって子供時代が長く続くのだ。

そんなわけで、僕はまだまだ子供です。

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