色違いの接ぎ木

色違いの接ぎ木

http://homepage2.nifty.com/iwawaki/diary.htmlより

 彼氏に振られて次の恋が見つかるまでのブランクが2ヶ月。というのが近頃の「リアル」らしい。NTTドコモ関西の「無料通話分2ヶ月繰り越しサービス」CMの話だ。
(中略)
 たった2ヶ月で人間相関図がガラッと変わってしまうような、濃密な時間。それを過ぎてもう八年になる。あの頃の二ヶ月は、今の二年と同じくらいの密度があった。積み重ねてきた時間の分だけフットワークも重くなる。だけど、年々おだやかに進んでいく時間の流れも、そんなに悪いものではないと思うようになった最近の自分を、結構気に入っていたりもするのである。

http://www.memorize.ne.jp/diary/26/29334/より

(前略)人生にはテストのように必ずしも正解があるとは限らない、
と最初に言ったのは誰か知らないけど
それでも、より確かな答えを求めて、僕は漂流し続けているんだと思う。

冷静になったら結局、結論を先延ばしにしてるだけなんだけどさ。
いまいる場所の延長線上に、僕の求める答えはあるんだろうか。
このさき、やっていけるんだろうか。

むかし、友達がコピーしてくれた椎名林檎のアルバムを聴く。
環境が激変して、気持ちが荒れていたときによく、かけていた。
そういう意味では、思い出深い曲の数々。
久しぶりに聴いてみた。心にピッタリくる。
特に「正しい街」と「虚言症」。
いまの林檎は別に聴く気にならないが。

似たようなことみんな考えているんだなぁと、友人のサイトを見ながら、想う。全員同年代なので、まあ年のせいなんだろう。

男の場合(に限定するのも語弊があるけれど)は人生におけるいろいろな問題が全部一極集中しがちで、27歳ってのは漸くそのことに遅まきながら気付く年齢なのではないだろうか。と思う。まあ、僕の発育が人より遅れてる可能性もあるのだけれども。とほほ。年のせいにして誤魔化すのも、みっともない話だ。
将来の夢だとか生活の糧だとか、認知とか欲望とか、さらにいえば脳裏に浮かぶ女性(ひと)のこととか、全部「おしごと」なるものと密接に結びついているには、まあ違いない。もちろん日々の大半は仕事そのもの、であるのだし。
それに比例するかのように、よしなしごとで悩む日々を、どうもデスクワークへの没入でまぎらわしがちな最近の自分がいる。

こういうのを「社会帰着性の芽生え」なんて言葉で片づけるとすれば、それはそのまま自分の信念への否定につながるのであり、本当のところは「仕事なんて所詮one of my life」と鼻で笑っていたい自分にまだ愛着があるのであり、一方そんなケ・セラ・セラが少しずつしがらみに絡めとられているような気もしているし、どうにもやりきれない。

こんなアンビヴァレントな思索が、じっさいのところ僕の毎日を色違いの接ぎ木のように積み重ねているような気がする。こんがらがった糸のどこを引っ張ったら解決するのか、僕はまだ毛糸玉を、横目で眺めているだけだ。

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