僕の産み出しているもの

僕の産み出しているものひと仕事終わったら次の山がきた。いや大波小波と押し寄せるのはいっこうに構わないけれど、リズムとか緩急とかいう言葉がほしい昨今。端的にいうと休みくれ。

心の中では『7月後半勝手に9連休計画』がかなり盛り上がっており、もうラオス行きの予定を立てに入っていたのだけれども断念。今週中には、9月か10月の9連休の申請と承認をもらい、さっさと航空券を予約することにします。

その代わりに、といってはなんだが3連休をフルに使って東北旅行をすることに決定。秋田~青森~函館~恐山~宮沢賢治と石川啄木の故郷(どこだか知らないが岩手だろう)~盛岡で冷麺、というコースが頭に浮かんだので、ついでに有休を1日取ることに決定。

で、同じ疲れたアタマが最近人との話題にするのは「職場におけるメンターとコーチング」について。

すごくざっくりとした仮説なのだけれども、終身雇用の崩壊、雇用流動化(特にマネージャーとその候補群)、成果主義導入、の3点によって、いわゆる日本企業で成立していた年功序列ヒエラルキーに基づくメンタル・マネージメント(上が下を、下はさらにその下を)という構造が崩壊したんではないか、と思う。その歪みはそのうち暴発するんではないかと思うが、そうなる前にさっさとリスクヘッジしておきたいもんだ。実家に帰るか、とふと思うのはそういう瞬間だ。

ああだらこうだらとぐちぐち書いてみるけれど、その一方で自分が書くパワーポイントの運用ガイドラインには「カスタマーサポート 9:00~23:30、年中無休、対応窓口:xxxxxxx」などと平気で書いてあり、それを運用するのは自分ではなく担当部署だったり社外だったりするわけで、その他にも似たような話を山のように積み上げて社内外でコミットを取っていたりするわけで、実際にそのセクションの壁に貼られたシフト表を見ると、僕のペライチがとんでもなく非人間的な労働強化を作り出していたりするのだ。

こんな世界の負の連鎖を、僕が担っていることに、たまに耐えられなくなる。自分の労働過多も気にはなるが、とはいえ好きな仕事をしているだけのデスクワーク企画屋という気楽な稼業に過ぎない。それよりも、何だか産業廃棄物を遠くの田舎に埋めているだけのような現実のほうが、よっぽど気が滅入る。計画立てるのは30分、実際に汚染される方は下手すりゃ一生ものの傷がつく。

そんな世界で痛痒を感じなくなることが端的な勝ち組への第一歩だとすると、ほんとうにやりきれない。そのうち人殺しになるかもしれない仕事をしているんだ、ということを、ちゃんと肝に銘じておこうと思った。銘じたことを忘れずに、近いうちに行動に変えるべく方向を定めようと思った。
そういう大人になろうと思います。

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僕の産み出しているもの への2件のフィードバック

  1. 匿名 のコメント:

    みんな自分のために仕事してんだから、気にする必要も無いと思いが…。
    むしろ気にするほうが勝ち組的思考(以下略)…

  2. 森島 のコメント:

    確かに、仰りようごもっともですね。こういう発想じたいがある種の区分にもとづいている部分があるのは否定できないです。
    ただ末端へのしわ寄せの行き方が、小規模組織だと違った生々しさがあるので、それに耐えられないということでしょうか。(前職でもちょびっと経験しましたが)

    偽善と開き直りなら、まあ性格上偽善を選ぶってなことだけです、じっさい。

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