インパール作戦と日本的組織論

インパール作戦と日本的組織論最近知人とインパール作戦の話をした。インパール作戦はつまりビルマ駐屯の二流師団でインドまで攻めてしまおうというかなり無謀な作戦であり、当時の陸軍だってほとんどの人は無謀だと言い続けていたのだ。作戦は悲惨な失敗に終わるが、実は総責任者の牟田口廉也は失敗後栄転している、というのが日本社会における組織のモメンタムではないかと思う。
陸軍史に詳しいわけではないので以下憶測なのだけれども、「この作戦は失敗します。拝命できません」と現場指揮官が口にするのは臆病者だとか大和魂がないとかで非常に辛い状況だったんだろう。しかし実施して大失敗しても、「よくやった」「敢闘精神」とかなんとかで責任は取らされない。胡麻擂りや処世術がうまかったのかもしれない。

これ、日本の(おおかたの)企業組織にも当てはまるところがあって、クリティカルな見通しを盾に実施を拒むことはチキン呼ばわりされても、いざ見通しどおりに成果が上がらずとも頑張ってさえいれば極端な責任のとらされ方はしない。知人の台詞で最近うまいなぁと思ったのは「サラリーマンは『やりますやれますやってみせます』だ」という一句なのだが、つまり実施する、ということが成否のエスティメーションよりプライオリティーが高い、のが日本的なメンタリティーにもとづく組織なのではないか。そんな組織が機能するはずもない、という予測を裏返し、組織は組織の論理で進む。のだ。

とまあ、つらつらと考えてみて、冒頭のインパールの話に戻ると、司令官牟田口の下にいた現場部隊のトップ3人は、全員作戦中に撤退を進言するも途中で師団長を解任されるという前代未聞の結末に至る。
この司令官のひとりである佐藤中将は「軍法会議にかけるならかけろ、その場で是非をつけよう」と言ったが、責任の波及を恐れた上層部により結局軍法会議は開催されず、うやむやのままに終わる。ついでに佐藤中将はジャワ島に左遷。左遷と謂うも烏滸がましい、ただの臭い物には蓋、だ。

ここまで思いが至り、『日本的』組織というものが持つ特有のロジックは何となく理解がいったけれども得心には程遠い、そんな師走です。やれやれ。

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インパール作戦と日本的組織論 への2件のフィードバック

  1. やすおじ のコメント:

    ご無沙汰してます。日本的組織に関するコメントまったく同感ですね。結局のところ上司に気に入られるか否かが栄進の鍵を握ってるのが実情ではないでしょうか。
    少し話が違いますが、昔からよく言う「声の大きい人が会議の結果を握る」というのも当たってるなと思う日々です。そこで出た結果にしたがって物事を進めて大こけしてます、はい。

  2. 森島 のコメント:

    >やすおじさん
    ご無沙汰しております。日本的組織がプロセス重視なのは、よっぽど農耕民族気質が強いではないかと牽強付会な結論にしてみます。
    民族性ってなかなか変わらないんだなぁと思う今日この頃。

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