北の山間-チェンライ

北の山間-チェンライ例によって例のごとく、長期休暇はタイのバカンス。一昨日の深夜にバンコクに到着し、そのまま空港のベンチで仮眠という学生みたいなスタイルで幕を開け、早朝のAir Asiaで北部の小都市チェンライへ。

昨日はミャンマー国境越えとしゃれこんでみたけれど、泰緬両国境で合わせて700バーツをむしりとられ、あげくに見たのがタイ人御用達のディスカウントストア化した国境の市場。そりゃ、今回持っているプリペイドSIMの携帯電話がバリバリ通じる「秘境」なんてあるわけもない。

昨日も今日もチェンライの街をふらふらと歩いたのだけれど、実に穏やかな空気がながれる場所だ。歴史自体はチェンマイより古いにもかかわらず、現在の人口は4万人ほど。市場はほどよい活気にあふれ、人々は交差点を渡る僕ら外国人を気遣う優しさを持ち、食堂のご飯はまことに美味(そして2人でたったの189バーツ)だった。コーヒーの産地も近いので、カフェも街中そこかしこに見つかる。

今日はそんな街を離れ珍しくツアーに参加し、少数民族の村4つと、中国国民党の残党がこもっていた(今は彼らも普通の中華系タイ人となった)メーサロンを訪れる。日本人経営の「J・TRAVEL」を使ったけれど、1650バーツと高いかわりにガイドもしっかりしていた。

メーサロンでは「中国国民党段祺瑞将軍の末裔が作るお茶だよー」といえば父親あたりが喜びそうなウーロン茶を土産に買い、少数民族の村では普段の生活をのぞき見る。ほんとうに普通の村で、土産物屋もなければ民族衣装を着飾った人がいるわけでもない。豚がブヒブヒ、鶏親子がピーピー、子供たちははにかんで柱の影に隠れる。大人たちの多くは農作業に出ていて、集落は閑散としている。
そう、これがこのツアーのウリである「Watching daily life of Ethnicities」だ。何も面白いものなどはない。ただ珍しい生活様式を見ながら、たまに鶏を追い掛け回して犬に吠えられるだけの訪問だ。

タイの少数民族といえば誰もが首にリングを重ねた「首長族(=カレン族の一部族)」を思い浮かべるのだろうけれど、彼らはタイ西部のミャンマー国境を越えた向こうにいるので、チェンライ近郊にはもともと住んでいない。
「首長族は見られるのか?」と代理店で聞いたところ、オプションでなら、ということなので申し込んでみたが、ガイドの案内によるとミャンマーから6ヶ月間交代で、数家族が観光村に駆り出されているとのこと。そして首長族の観光価値はほぼ女性に限られるので、世にも珍しい女性の単身赴任だ。
彼らの村だけは誰もが美しい民族衣装を身にまとい、首に重ねたリングが美しく、カメラを向けるとポーズを取ってくれ、さまざまな民族工芸品を買い求めることができる。いわゆる少数民族観光だ。多くの観光客は、確かにこうでなければ納得するまい。えらそうなことをいう僕らだって、これを見て満足したという気分もどこかにある。

だけれども、これは、内戦で抑圧されるミャンマーの少数民族が、作られた観光村にほぼ軟禁され、無遠慮にカメラを向ける僕ら外国人に対し、いつも着飾って出迎え、品を作って微笑んでくれる、そういったシロモノなのだ。彼らの守ってきた文化に、こういうかたちで触れているのが僕たち観光客なのだ。

そんなことを考え、複雑な気持ちになる。文化に触れる旅というお題目は悪いものではないけれど、自分を含めたほとんどの人間が、こういうものを文化として持ち帰っている現状に思いを致してみると、忸怩たる気分になる。

せめて、僕は僕に微笑んでくれた彼らのことを、なるべく忘れずにいようと思う。

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