1993/11/22 海を見るだけの日

1993/11/22 海を見るだけの日(太字:当時の日記より)
(細字:注釈)

 松江のビジネスホテルで目を覚ますと6時50分だった。私が好きな紀行作家、というか鉄道作家に宮脇俊三氏という人がいるのだが、氏の紀行文中に「波の音だけが聞こえてくるような」という形容句で説明される海辺の小駅がある。島根県の折居駅である。この日、ゆっくりと海を見よう、とそれだけを思い、私は松江から旅立ったのであった。事実上、最後の一日となる。

11:15
 (前略)雲の色は濁りきった青色。分厚く、重そうだ。白と灰と黒以外にも雲の色があることに、初めて気がついた。
 日本海は今まで通りに荒れている。今日は冷え込んでいる。

 宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」の主人公のようなことを言っている。あの主人公は工場の煙の色を多種多様に表現したのだけれども、この時の私は多分にそれを意識していたに違いない。やれやれ。
 それはそれとして、青春の澱のようなものを風景に投影した描写 である。できれば初日あたりにこのような描写 があると望ましいのではあるが、繰り返すようだが今日が最終日である。思春期の情動というよりは旅疲れのせいなのであろう。やれやれ。

 折居の駅に、列車を乗り換えながら2時間ほどで着く。このたびの途中、何度か通 り過ぎた場所ではあるが、改めて駅に降り立つと、波音が耳に飛び込んでくる。目の前は、冬の日本海である。以下は、海辺での記述である。

12:08
 (前略)空が明るくなってきました。雲の縁べりを、漏れる太陽の陽が照らしています。

 なぜ唐突に「ですます調」なのであろうか?ここまでこのえせ放浪紀行を読み続けてこられた読者諸兄は疑問に思われることであろう。
 実は、海辺で思索にふける間に、「人には丁寧、本は熟読」という中原中也の詩の一節に目覚めてしまったのだ。目覚めて何が変わるかというと、まずは旅日記の文体であった。・・・自己満足である。誰にも見せない旅日記より、変えるものはたくさんあるような気がするのは、数年経った私の感慨である。

13:58
 折居の海は予想より素晴らしい。広くのびる砂浜と、その両端にある磯。(中略)波に打ち上げられる数々のゴミ。ポリ容器、空き缶 、空き瓶、ビニール。これらを見ていると、浜に打ち上げられるが普通 の、海藻までがゴミに見えてくる。実際黒茶けて、きれいなものではない。
 高波でできたらしき潮だまりには、小さなフグが2、3匹。逃げられるのだろうか。そばの潮だまりにはフグの死骸がいくつもある。未来予想図。
 波はテトラポットも磯の岩も越えて浜に押し寄せる。しかし、浜を歩く僕にはかからない。
 ふと大波が来たので、少しよける。波が手加減しているのではなくて、僕が用心しいしい歩いているだけのこと。
 雲の囲い地のように切れ切れと見える空は、その区画ごとに色が違っている。群青色も水色も白っぽい青もクリームがかった色も、そして絵の具のようにありふれた青も。

14:42
 波は高くなる一方。空は水平線へ向かって遠くなるにつれ、単色の灰色に塗りつぶされていく。
 雲は横に退き、囲い地だった様々な青色も一つの平面につらなり、高いところから水平線に近づくにつれて青が濃から淡に変わっていくグラデーションを見せる。
 陽は雲の上から顔を出し、水面にきらきらと乱反射の点をつくる。海と空とのあまりのミスマッチの中に、枯れ木の生えた小さな島がどっかと腰をおろしている。
 灰色の雲を背後に控えている山々は、その雲のおかげで浮き上がって見え、ちゃちなものに、そして近く手に取るように見える。
 安全にたどり着けそうな潮だまりに行き、ふぐを海中に放してやる。死骸も海に放してやる。なぜかマイ・コメジアン(註:太宰治の小説中の言葉)が頭に浮かぶ。彼らもマイ・コメジアン。そんな気がする。
 陽はまた翳り、もとの冬の海に戻る。風も強くなってきた。海と陸の境界線は、霧でぼんやりかすみ、遠い世界になっている。
 もしやと思って波に駆け寄ると、それはさっき海に戻してやった死んだフグ。(後略)

15:40
 僕しかいないこの浜辺は波が全ての支配者。僕は従順な傍観者にすぎない。(中略)いつの間にか白い波にかすかなオレンジ色が入り、雲も岩も同じような、かすかなオレンジに染まって、海辺はもう夕方だ。
 雲の横から漏れた光が、山の頂上を半円状に切り取っている。そこだけ別 物のようにオレンジがかった明るさ。そこだけが秋の色をしていて、
 あとは冬に近づいている。
 空はまだ青く、昼の面影を残そうと必死だ。
 ぱあっと陽がさして、山はきれいに秋色になった。

16:19
 もうこの浜辺を去らねばならない。オレンジ色の西の空が、水平線の上まであった水色の空を高くまで押し上げ、押しのけしている。
 引き潮らしい。小島のまわりの小さな磯たちが、危険が去って母に群れる小動物のように現れる。
 旅も終わる。(中略)
 僕は海を去った。

 やたら中略が多いことから察せられるように、ノートに書き込んであった量 はこんなものではない。全部読み返してみると、「本当に辛かったんだねぇ」とよよと泣き崩れてしまうような内容であった。いやはや、純情だったのであろう。このままフロイトの精神分析にかけることができそうな記述ではある。
 このあと出雲市に戻り、海辺での思索も忘れて再び御膳蕎麦を食べに行く。が、休業。当然の報いといわねばなるまい。駅前のラーメン屋台でラーメンをすするが、大層うまかったようである。
 そして上り「だいせん」に乗車。最後の「だいせん」である。


今日の使用金額 1247円

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