訓令戦法というマネジメント

帝国海軍が日本を破滅させた(下)という本が平積みになっていて、ぺらぺらとめくったら面白そうだったので買った。巷説言われている「日本海軍善玉説」を真っ向から否定し、戦争に勝つという国家戦略と海軍(=連合艦隊)の局地戦略のねじれを指摘するという本で、戦史好きにはおすすめ。


この中で面白い一節があって、

(前略)その戦略作戦の具体的手段に、「訓令戦法」という説がある。訓令戦法とは発令者の企図だけを示し、進退攻防の具体的方法は受令者(戦略兵団)に任せるのである。戦闘が広範囲・長期にわたり、戦場の情勢が変化し予測困難な場合はこれによるしかないとしている。この場合、受令者たる戦略兵団には、作戦能力が必要である。

で、日本海軍には現場部隊に訓令戦法の能力がなく、拙劣な局地戦を繰り広げたという話になるのだけれど、この話は今の企業組織マネジメントにも同じことがいえるのかもしれない。とは言うけれど、問題になるのは下士官レベルではなく、経営層の方なんだけれどね。

いわゆる戦略論の発展は

「号令」・・・行けと命令してみんなでつっこむ
 ↓
「命令」・・・指揮官の詳細な指示に基づき行動すること
 ↓
「訓令」・・・目標のみ伝え、具体的な手法は現場レベルで策定すること

という順序になっているのだけれど、これは企業の成長にともなうマネジメントの変化にも相応するのではないだろうか。組織規模が拡大する過程で、マネージャーはその指示伝達方法を意識的に変化させなければ、ナポレオンが負けたのと同様に、自分が具体的な指示を出せない戦線では、現場の組織行動が止まってしまう。
もちろん訓令戦法を現場のプロジェクトマネージャーにトレーニングさせる必要はあるけれども、僕の浅い組織経験でも、企図をちゃんと伝えれば限定的な範囲の戦略を立案できる人材は、組織の中に結構いるものだと思う。組織としての失敗は、多くの場合現場が戦略を立てられないことが原因であるよりも、

・トップが戦略目標を伝えない、あるいは曖昧なままにすること
・トップが「命令戦法」に拘泥すること
・トップが訓令をした後、実施組織が立案した限定戦略を掣肘すること

このあたりで失敗することが多い。戦略目標が曖昧なので、現場指揮官は戦力の集中配分ができない。司令官は現場から離れているにもかかわらず、具体的な命令戦法をとりたがるため、組織には常にアイドルが発生する。常に戦略の承認を求め続けられるため、作戦の実施単位レベルで検討した戦略は、実施よりも上位指揮官の承認を得るのに時間がかかる。そして不幸なことに、だいたい失敗する組織では、複数の要因がからまっている。そして組織の意志決定と構成員の戦略理解は混乱し続けるのだ。

この場合、構成員が辛いと感じるのは過酷な戦場ではない。
補給の欠乏ではない。
強大な敵への恐怖では、むろんない。

常に闇夜を提灯も持たずに歩かされ続けることなのだ。
にも関わらず、歩き方や取る道を一から十まで拘束されることなのだ。

そのことを理解して、全体規模に適切な伝達手段を意識して実施できる指揮官こそ、名将と呼ぶのではないだろうか、と思う。なかんずく、「将に将たる」ということは、この訓令戦法を理解できるということなのではないだろうか。

以上いろいろ書いたけど、もちろん一般論のお話です。

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2 Responses to 訓令戦法というマネジメント

  1. maki のコメント:

    牧野さんにも同類の本を薦めたことがあります。太平洋戦争当時の日本軍にはいつも勉強させられます。何をやるべきか、何をやらざるべきか…。

  2. 森島 のコメント:

    日本社会の組織的な失敗の縮図を見ることができ、物思うことができるので、年を取るにしたがい面白くなってまいりました。この手の話は。

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