中年童貞、電波男、セックスボランティア

中年童貞、電波男、セックスボランティア  

続けざまに、上記の3冊を読了。特に意図はなかったのだけれども、連読して考えさせられた。

『中年童貞』は、「恋愛至上/資本主義の中で、キモメンたちはセックスどころか恋愛の機会すら与えられず年を重ねていく」という悲劇をレポート(風)にまとめている。
『電波男』は、「そんなキモメンたちの救いは二次元(=アニメや漫画)だ!」と新しい萌えイデオロギーを説く。
で、いちばん社会派な『セックスボランティア』は、セックスという人間が当たり前に持つ欲望と、障害者たちはどう向き合っていくのかについてのルポタージュ。

最初の2冊を読んだ時点では、そりゃ大変だなあとひとごとのように思っただけなのだが、『セックスボランティア』に出てくるいくつかの障害者向けセクシャル・サービスの事例を見ながら、ふと考える。

キモメンがセックスできない理由は

  • 容貌が好まれないという先天的な要因
  • 空気 が読めない Y こと、恋愛のしかたがわからないという経験の問題
  • 恋愛至上主義の中、自力でパートナーも見つけられない奴は負け組という社会的風潮

こんなところに落ち着くが、同じ文脈で障害者の性を語ると

  • 障害という肉体的精神的なハンディキャップという先天的な要因
  • 恋愛について教えられていない、出会いの機会がないという経験の問題
  • 障害者の性に対する偏見、抑圧という社会的風潮

構造はかなり近いものがある。のかもしれない(ここちょっと弱気)。

障害者にだってセクシャルな欲望はあるし、それを解決する手段は社会が用意せねばならないということが正であるならば、キモメンに対するそれだって、世の中にあってもおかしくはない。……『セックスボランティア』に紹介されたサービスを引用するかたちで例をあげれば、女性に相手にされないキモメン向けのセックスボランティア。風俗店のキモメン割引。キモメンに支給されるセックス助成金。キモメン向けセックス講座。

で、これらのキモメン支援制度が仮に実現したとして、社会的な合意は得られるのか。おおかたの反応は「そんなの自分で何とかしろ、ふざけるな」といったところなんじゃないか。たぶん僕も同じ反応をする。
むしろ僕がキモメンであっても、ある日お役所へキモメン検査に呼び出され、晴れて「一級キモメン資格」をもらい、次の日からはキモメン風俗手当が助成されおうちにはセックスボランティアが来ることになったら、……これは激しく傷つくことよ、と思う。

で、元に戻って障害者向けのセックス支援制度も否定するのかといえば、僕はとたんにわからなくなる。わからなくなるのは、キモメンは努力で何とかなると思っているからなのか、あるいは、僕の中でどこか「五体満足(キモメン含む)」と障害者のあいだに一枚の壁があるから、のどちらかなのだろう。

どちらにせよ、僕はキモメンではない(…と信じてちっぽけに生きてます)し、おかげさまで五体も不自由なところがない。想像からも経験からも遠いところにいる人間が、答えを理屈で割り切って出すのは難しい。性の問題は個別差が大きく、自我や自尊にかかわるだけに、しばらくは解決(=社会的な合意)が難しいだろう。
と、やっぱり最後までひとごとのまんまで、どこか後味が悪い。面白半分のつもりはないけれど、書いてしまうと興味本位のエントリーだ、とうけとられてもしかたがない内容。

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中年童貞、電波男、セックスボランティア への1件のフィードバック

  1. けびち のコメント:

    俺はキモメンで素人童貞で30になる
    風俗手当があるなら喜んでもらいに行くよマジで
    つーかあってもいいと思うよ
    そしたら性犯罪も減るだろうし、キモメンも生活が充実して仕事に身が入り社会が活性化するんじゃないかな?

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