2011年12月16日
それほど広くはない上段寝台で、朝の6時から、スピーカーから流れる音楽で目が覚める。もちろん、ノイズだらけのベトナムポップスだ。止まった駅で、目覚めのコーヒーを買うくらいしか、車中でやることはない。
目的地のダナンに到着。ここからは、世界遺産の街、ホイアンを目指す。ホイアン行きのバス停まではタクシーで移動し、誰もいないバス停で、雨がしとしとと降る中のバス待ち。ベンチも置いていないので、座るところもない。15分ほどぽつねんと待っていると、ホイアン行きのバスが来た。
ガイドブックに書いてはあったが、実際に体験したホイアン行きバスのボッタクリは、なかなか手ごわいものだった。手ごわいというか、なぜ路線バスでふっかけられなければならないのだろうか。
良く見ていると、運転手は父、車掌は母、ドアの前に立つ助手は息子、と、どう見ても家族経営のバスなので、そういうことになるんだろう。
車内では、通じるはずもない英語で大声を上げ、騒ぎまくって、やっと5$の言い値を1$まで下げさせる。それでも定価の倍だが、頑張ったと思うことにする。
運良く到着の頃には雨も止んだホイアン。目当てのホテルは満室だったが、その隣のホテルが一泊10$とのことで、しかもバスタブまで付いている。まさか旅先で湯船に浸かる日がくるとは、望外のよろこびである。
外に出かける。市街地までは歩いて10分ほど。
ベトナム、中国、それに日本人町もあったせいで日本文化までが混淆した、このホイアンの街は本当に素敵で、どこの国とも言いがたい町並みは、ちょっとおとぎ話みたいな光景だ。とはいえ、ずいぶん観光地化されてしまってはいるけれど、まだまだ穏やかな空気が流れている。
そんな感想を持ち、ホイアンが素晴らしいのは文句なしに認めるんだけれども、このレベルで世界遺産というなら、郷里の高山は上三之町だって、じゅうぶん世界文化遺産になれるな、と考える。
歩き疲れて、瀟洒なカフェに入り、カプチーノを飲む。味はまごうかたなきベトナムコーヒーだけど、フォームミルクがきちんと入っている。
こんなまぜこぜコーヒーも含めて、ここは趣きがある、古い静かな町だ。旅人として評価してみると、一回旅に出て、一つでもこういう街に辿り着ければそうとうに幸せ、というレベル。
今日のディナーは12$も出したけれど、これは文句なしにベトナム滞在No.1の味だった。オープンキッチンと落ち着いた照明に内装。食べたのは豆腐とトマトのスープ、海老のハーブ炒め。あらためて、どこの国に行ったところで、金さえ出せば、こういうものが食えるんだ、と実感。
寝る前に宿のPCからFacebookにアクセスしたところ、不正アクセスと判定され、一時的にロックされてしまった。なるほど、IPで国を見て、アクセス判定をしているんだな。
2011年12月17日
今日は朝食抜きの代わりに、揚げワンタンとカオラウという麺を両方食べる。カオラウは一説には伊勢うどんが原型という米粉で、確かに日本のうどんの食感。
ベトナム料理が口に合う日本人が多いのは、タイ料理のように極端に辛い酸っぱいがない、インドネシア料理のように油っこくない、あとはとりあえず醤油かける文化、この3つかしら、と思う。
本日は宿でゴロゴロして、少しお散歩して、一日終わり。
長旅だと、だんだんこうなってくる。
2011年12月18日
夜中に目が覚める。肌寒い、ではなくほんとうに寒い。
中部ベトナムの冬に、風邪をひきそうだ。
今日は朝から、世界遺産である、ミーソン遺跡まで、バスツアーで向かう。
車窓には広大なベトナムの田園風景。田おこしの作業が見える。こんな寒い時に、と思うが、稲作の北限地である日本なら、ふつうにもっと低い気温で田おこしから田植えまでやっているもんな。
自転車で通り過ぎるベトナム女性、みんな髪がサラサラツヤツヤで、本当に綺麗だと思う。この国で女としてチリ毛に生まれついたら、けっこうな悲劇だろうなあ。
ミーソン遺跡、考古学的には意味があるんだろうけれど、観光的にはアンコールワットのハズレの遺跡レベル。世界遺産のすべてが、ファンタスティックというわけではないことを実感。
そのあとは小舟に乗りこみ、ボートクルーズという名のもとで、寒い寒い川風に吹きっ晒しの時間を過ごす。つらい。
ようやっとのこと、ホイアンに帰還。急いでカフェに入り、まずはあったかいカプチーノで身体を温める。
夕食は再び、一昨日の素敵なレストランにて。
ローストビーフのサラダとシーフードヌードル。もちろん文句なし。
2011年12月19日
水っぽい炒り卵、生野菜、パン、コーヒーで4$ってのは高いな、と思う朝食。たぶんこの値段には、ハインツのケチャップ代も含まれてるんだろうな、と思うことにする。
ミーソンからダナンへの帰路は、行きと同じ値段で乗り込む前にすんなり交渉成立させて、ミニバスはダナンに到着。ここダナンは通過するだけだけど、中部ベトナム最大の都市だという。晴れた日に見回してみると、それなりに賑わっているのがわかる。
駅前でフォーを食べ、駅に戻ってきてみると、列車は到着30分遅れとのこと。他の国にはなく、ベトナムだけにあるものが、駅での英語アナウンス。便利でいい。
結局1時間遅れてやってきた列車に乗って、古都フエへ。
途中の車窓には、ベトナム鉄道随一のハイヴァン峠越え。食堂車でコーヒーを飲んだり、デッキから乗り出したりして、じっくりと堪能。
iPhoneに入る電波がEDGEから3Gに変わったので、間もなくフエに到着だな、と気づく。もう日はとっぷりと暮れて、街明かりがぽつぽつと増えはじめている。
フエには評判のいいビンジュオンという日本人宿があるらしいので、とりあえず到着後はそこを目指す予定。
しかし、ベトナムの列車はドリアンくさい。持ち込みはOKなのかしら。確かタイだと、ドリアンはNGだったと記憶している。
バイタクで移動し、無事ビンジュオンにチェックイン。この旅で初めて、ラウンジに日本人がいっぱいいるのを見かける。もう、僕がほとんど最年長だ。歳をとったことは、こういうところで実感する。人みしりに拍車がかかるけれど、若人に交じって、まずはご挨拶。
みんなで連れ立ち、ベトナム鍋を囲み、フエの地ビールで酒盛り。たまにはこんな夕食も悪くない。
2011年12月20日
予定のない日は、朝がどんどんルーズになっていく。これはいかんな、と思いながらも、あいにくの小雨模様。
せっかくのフエなので、王宮くらいは見ておきたい。
宿からは歩いて20分ほどで王宮に着く。中国の紫禁城を模したなかなかの建物に、ベトナム名物の盆栽があちこちに置いてある。
昼食はフエ名物のブンボーフォーを食べる。ピリ辛の調味料に、煮込んだ牛スジがあう。
それからは…宿に戻り、「稲中卓球部」を全巻読破。あっさりと、日本人宿の魔力にはまっている。
2011年12月21日
今朝も寒い。部屋の中から底冷えする。
基本的に夏仕様の建物しかない国を、夏仕様の旅支度で旅行しているので、気温20℃でも、寒くてしかたがない。
おまけに昼まで、ずっと霧雨が降り続けるフエの町。フエの郊外観光はあきらめて、今日はゆっくり休息日、と決め、一日を過ごすことにする。遊びの旅行で休息も何もないものだけれど、長旅をしている人には分かる感覚だろう。
今日もフォーを食べてから、カフェでコーヒー。読書の続き。
午後は下手くそなマッサージを受けてから、スーパーに出向き、明日の長距離移動に備えた買い出しと、午後のおやつ。
スーパーマーケットには何軒も携帯電話ショップが軒を並べていて、どの店でもSamsungとHTCが主役。両社とも、新興国向けの格安モデルを売っていて、ちょっと衝動買いしたくなる。
明日はバスに乗って、ラオスへ抜ける。ベトナム最後の夕食は、卵で包んだお好み焼と、豚肉のつくね。どちらも野菜やハーブと一緒に、ライスペーパーに巻いて食べる。
本当に、ベトナム食文化はライスペーパーなしには語れない。