先日、村上春樹の「国境の南、太陽の西」を再読した。ほんとうに何の気なしに手に取ったのだけれども、こういう時にはたらくインスピレーションはすごい、と思う。びっくりするくらいに、小説世界が自分の現在にぴったりするのだ。以前読んだのは大学生の時分で、そのころには「平板で都合の良すぎる恋愛話の中で、中途半端に行動する主人公」といったていどの感想しか抱けず、つい最近まで村上春樹のワースト1長編にあげていたくらいだったけれど・・・
これがほぼ10年ぶりに読み返してみると、人生には選びとることのできないチャンスもハプニングもやってきて、そうしてベストを尽くしてもどうにもならず、想いがあっても完遂することはない、しめやかな小雨に濡れるような日がやってくることも多少はわかった上でページを繰ることになり、この小説は僕の心を打つ一冊に変わる。つまりは読み手次第の小説なのだ。平板さに物語を感じられるようになったことが、喜ばしいことかそうでないのかはわからないけれど。
そうしてこの週末から「ダンス・ダンス・ダンス」に取りかかる。もちろん以前読んだときとはまったく違う、諦観に押し潰されそうになりながら『ステップを踏み続ける』主人公へのシンクロの念が湧きあがってくる。こういう読み方ができる小説を紡ぎ続ける彼は、やはり文句無しに素晴らしい。読み手にも時間を要求する小説が書ける人間なんて、そうそういやしない。
そのおかげで、地下鉄の車内でときに僕はどうしようもなく、本から顔を上げ、そして目を閉じ、僕は僕のことを考える。選ぶことの難しさについて。選ぶことで何かを磨り減らし、選ばないことで何かを損なう日々について。それは砂漠のただ中にいる象に似ている。炎天歩き続けることにうんざりし、歩を止めてからからに渇くことにおびえる象みたいに。どちらにしても、時間が過ぎればそれは取り返しがつかないということに違いはない。
なぁんて、村上春樹みたいな比喩を考えてみる春の夜更け。
技巧的な文章のわりに、ストーリーが単純なせいか、各所でさんざんボロカス言われているこの小説ですが、僕はかなりのお気に入りだったりします。
なんか切なくなるんですよね。
エセハルキは世にたくさんいますが、やっぱハルキにしか書けない一冊ですよ。これは。
久々に読み直してみたくなりました^^
その切なさが分かるには時間がかかりました・・・。戻ることができない無常の切なさを書いた、珠玉の作品ですね。