村上春樹論-小森陽一

村上春樹論 『海辺のカフカ』を精読する
★★★★★
小森陽一(著) 平凡社新書

著者は、「癒し」という文脈で無条件に読者が受け入れる「海辺のカフカ」を批判する。批判の根拠は

・戦争(ナカタさんの記憶)とレイプ(カフカ少年の無意識その他)を無条件にリンケージさせ、それをあらがえない仕方のないもの、と正統化している。
・オイディプス神話を換骨奪胎し、父殺しの必然性を消し天皇制が戦後も存続した欺瞞を消却している。
・佐伯さんの死と日記の焼却、そして先生の懺悔によって、全ての「罪」を女性性に押しつけている。
・極めてレトリカルな歴史の描き方と、歴史との瞬間的にすぎない(そしてすぐ読者に忘却させる)リンクの散在によって、歴史の忘却と捏造を読者に刷り込んでいる。
・父親がかけた「呪い」から逃げようとしながらついに「成就」してしまうカフカ少年を通じて、権威主義的な必然論を肯定している。

と要約できよう。
そして著者はこの小説を「処刑小説」とネーミング。処刑されるのは罪もない女性であり、改竄されるべきではない歴史であり、運命に抗う近代的自己、ということになるのだろう。著者の論旨に従えば。
テクストの読み方としては、そうとう面白い解析本だと思う。久しぶりに知的興奮を呼び起こしてくれる一冊であることは間違いない。

ただ、村上春樹がストレートに著者のいう文脈でこの小説を書いたかどうかには大いに疑問が残る。村上春樹の最近の著作では、明らかに戦争、暴力、レイプ、無意識の深淵というところにテーマがあたっており、単純にそれを諦めとして描くだけの小説家では、彼はないだろう。
これだけ論旨明快な著者が、ここまで村上春樹を批判するのは、よっぽどただの「ハルキ=癒し」ブームが癪に障ったか、あるいはよっぽど村上春樹が嫌いかのどちらかなんだろうな、と思う。前者は僕も同意なんだけどね。

村上春樹はこの小説を通して、主人公の上を無慈悲に通り過ぎる運命をアイロニーたっぷりに描き、読者にある種のやるせなさを与えることで何かを考えて欲しかったのではないだろうか。その上で、とりあえず未来に向かって進んでいくカフカ少年(とナカタさんやホシノくん)を通じて、どれだけ便宜的で犠牲が多くとも、進むことが大事なんだと言いたいのではないだろうか。

僕は著者ほど左翼でもなく、かつハルキストなので、そこまで言わなくてもいいじゃないの、しかし著者の言いたいことや村上文学のテクストを理解する上では面白い本だなあ、で、ハルキさんはどう考えて書いたんだろう、とか脇道へそれる思索に手を休めながらも、一気に読んだ。あくまでも個人的な所感を言うと、「分析は大変面白く鋭い示唆となっているが、(たぶん)著者がハルキ嫌いなので村上春樹が悪意に曲解されているなあ」というところ。

でも、おすすめです。戦後日本の集合無意識について考えてみたいなら、「海辺のカフカ」を2度読んでから、この批評を読んでみるのがおすすめか。もちろん、春樹ファンとして。

(関連)
で、あんまりまだblogな書評がないんですね。

Lエルトセヴン7 第2ステージ

まあたしかに僕も、村上春樹の『海辺のカフカ』は偏りのある小説だと思うし、けっしておもしろいとは思わないのだけれども、かといって、ここでの小森陽一の批判もずいぶんと偏っているように感じられ、
(中略)
だからといって、どちらが正しいのかというわけではなく、そのような種々の問題が一元化されないことにこそ、本質的な問題があるのだとすれば、そりゃあ断片ばかりが目に立つ『海辺のカフカ』のような小説は、この時代の、「ぼく(わたし)っていったいなに」系の意識の揺らぎを大事にするタイプの読み手には、構造上の必然として、まあうまくあたるに違いない、のである。

納得できるお話。著者の文脈は悪くないけどちょっと偏向だよね、というところと、読み手のある種の「主観的な浅さ」両方とも問題があるんだろうなあ。村上春樹の偏りについて真面目に書くと大変なのですが、「アンダーグラウンド」あたり以降の「転向」についてはもうみんな語っているので省略。

so reich durch dich…

それを単純に〈癒し〉だと受け取った読者に対する批判でもあるが、やはりそれを小説にした村上春樹に対する痛烈な批判でもあろう。
(中略)
■実際、『海辺のカフカ』という小説は、
村上春樹の過去の作品の寄せ集めであり、自己模倣の極致ともいうべき作品だ、というのがぼくの評価である。
言い換えれば、作家としての限界を露呈しているともいえるだろう。
にも関わらず、世界的に評価が高い意味や理由というのは、昨今盛んに論じられているところだが。

こちらではわりとこの批評に好意的。(「海辺のカフカ」の)読者批判というのはまったく同感。で、「転向」以後こそ村上春樹の世評が高いのはなぜか、という点については、まあウケそうなマクロ的世界観に踏み込んだからなんだろうけれど、しかしハルキ好きにとってもアンチにとっても、微妙に納得がいっていないところもしかり。

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