1999/01/27 タージマハル

1999/01/27 タージマハルその日の早朝も交渉から始まった。
「宿代が一泊足りない」
と迫るホテルの従業員。僕はレシートを見せながら、
「ちゃんと払ってるんだ。どうしてもう一泊分だ?」
と反論する。前払いにはレシートを受け取る、というのは万国共通の鉄則だけれども、今まで旅したことのある東南アジアでは、こういう目に遭うことが無かった。

まだ朝というには暗すぎるメイン・バザールをニューデリー駅へ。人の姿もない。たまさかに軒下で、毛布にくるまり、ほとんどモノのような状態で蹲っている路上生活者の姿だけが目につく。
出発より20分も前に着いたけれど、既に目的の列車「Shatabdi Express=シャタブディ・エクスプレス」はホームに入線していた。これはインド国鉄随一の高級列車で、中距離の都市間連絡列車だ。この列車はニューデリー駅からアグラー、そしてカジュラーホーの最寄り駅ジャンシーを経由してボパールまでを運行する。今日はアグラーまで、そして明日はジャンシーまでの乗車予定だ。 指定された座席はインド人夫婦に占領されていた。話しかけると、「後ろの席と代わってくれ」と言われ、頑として席を立たなかった。納得はいかないものの、仕方なしに僕の席は窓際から通路寄りに変更されてしまった。
ニューデリー駅の出発ベルは「ファファーン」という電子音。マイクロソフトのWindows95の起動音とまるきり同じで、奇妙なものだ。ホームにはパソコンの起動音がひっきりなしに鳴り響く。そのうちの一つを合図に、我が「シャタブディ・エクスプレス」が動き出した。
車内では朝食が配られる。この高級列車では朝食代も乗車券に含まれている。メニューはオムレツとパン、それにリンゴジュースとミネラルウォーター。朝陽輝く車窓を見ながらと洒落込みたかったのだけれども、残念ながら窓にはカーテンの代わりにオレンジ色のサンシールドがべったりと張り付けられており、おまけに朝露に曇って景色どころではない。

列車は遅れることもなく、2時間ほどでアグラーに到着。ホームでは右往左往する日本人の女の子に会った。話を聞いてみると、彼女は旅行代理店でこの列車のチケットを購入して来たらしい。値段を訊くと、やはり正規の2倍以上だった。女の一人旅は大変なのだろうと思いながら、そこであっさりと彼女と別れた。
よく考えてみれば、彼女の目に僕は、随分と薄情な男に映ったに違いない。

アグラーはインドでも一、二を争うボッタクリの街だという話を聞いたことがある。駅前にはプリペイド・リキシャーのスタンドがあるというので目指してみるも、この街でそんなお上品な秩序を期待する僕が甘い。スタンドは無人で、あっという間にリキシャーの運転手が僕を取り囲む。目指すホテルを口にすると、そのうちの一人が30ルピーで行くという。僕は彼のリキシャーに乗ることにした。
そして彼のセールストークが始まった。
僕はタージマハルにほど近い「Hotel Raj」に泊まることに決めていた。値段も手頃だし、何よりもタージマハルから50メートルというのがいい。
「Hotel Raj?あそこは最低だ、止めた方がいい。今は客だって一人もいないさ。少し前にね、あのホテルでは疫病が流行って、おまけにその治療薬でも病人を出したんだ。もっといいホテルはいっぱいあるよ。俺のお薦めはな・・・」
経験的に、客引きが厭がるホテルというのは良いホテルであることが多い。口コミで旅行者が集まるため、わざわざ客引きにコミッションを払わず、あるいは少額で、そのために客引きが連れて行きたがらなくなる、というケースだ。僕はHotel Rajに泊まる決意をますます固くして、
「ノープロブレム」
と笑い、そして思いっきり顔を引き締め
「アグラーはもう2回目だ。早くHotel Rajに行け」 と怒鳴った。初心者はどこでだってナメられるけれども、逆にいえば経験者、あるいはそのふりをすれば、その分楽に旅が出来るのだ。運転手は観光にも誘ったが、それも断る。
これで彼と気まずくなったかといえばそうでもなく、屈託無げに彼は女の話を始めた。やれやれ、今度は売春のお誘いかと思ってよく聞いてみると、それは彼がいかに日本人の女にモテるか、という自慢話だった。日本人の女はすぐにセックスさせてくれる。そういう話。デリーでも同じ話を聞かされたけれど、どこまでが本当なのかは分からない。まあ、日本人女性がそういう目で見られているというのは事実なのだろう。
何だかんだといいながら、真っ直ぐにHotel Rajには到着した。確かにタージマハルのすぐそばで、おまけにホットシャワー付きのシングルルームが100ルピー。部屋も綺麗でレストラン併設とくれば文句無しだ。

早速にタージマハルを見に出かける。ご存じの通 り、「世界で最も優美な建物」と賞される大理石張りの巨大ドーム。ムガール帝国の皇帝、シャー・ジャハーンの妻ムムターズ・マハルの墓廟。帝国を傾けるほどの贅を尽くして建てられた愛の結晶だ。
入り口では厳重なセキュリティー・チェックがある。ここは火気厳禁で、煙草やライターも預ける必要がある。何故だか知らないが、計算機も持ち込み不可。

ついに姿を現したタージ!

最も、初見の感想は「写真と同じだ」という、美的感覚に乏しい僕だった。あまりにも端正すぎて、それ以上の感想が出ない。晴れ上がった青空をバックにそびえるシンメトリーの純白。ここまで美しすぎると、かえって人は、というか僕は拍子抜けしてしまう。
靴を脱いでドーム内を歩く。装飾もまた素晴らしい。ちゃんと中央には王妃の棺が安置してあるけれど、観光客の雑踏の中、とても安らかに眠るというわけにはいかなそうだった。
タージマハルの美しさには後日談がある。この時に撮った写真を日本でA4大に印刷してみると、息を呑むほどに鮮烈な美がカラープリンタから吐き出されてきた。安物のオートマティック・カメラでシャッターを切っただけの代物なのに。
これがタージの美か。
改めて僕はその偉大さを、遠く離れた日本で知ることになった。誰がどのように写 しても、そこに芸術美を残す世界遺産、それこそがタージマハルだ。

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ホテルに戻って昼食を取ると、うつらうつらと眠気が襲い、しばらく仮眠をとる。起きあがってからはリキシャーでアグラー城、そしてジャマー・マスジッドという名のモスクを巡る。やはりとてつもないスケールのアグラー城では、息子に幽閉されたシャー・ジャハーンが、愛妻の眠るタージマハルを眺め暮らしたという部屋から、同じ景色を見ることができた。

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ゆっくりとタージを眺めながら散策したかったのだけれども、あいにくと立派な蜂の巣が天井に巣食っていて、とてもそれどころではない。
ぐるぐるっとアグラー市内を回り、ホテルに帰ってくるとリキシャーマンが値段のことでごね始める。結局当初の約束に10ルピー上乗せし、70ルピー払うことになる。この程度ですむなら、と思う心がまだまだ甘い。彼にはしきりに「ムガル・バザール」に行こうと誘われたのだけれど、どうせ土産物屋だろうと思って断った。名称には随分惹かれるものがあったけれど。

夕食はホテルの隣にある民家みたいなレストランでとることにした。昼間子供たちに誘われてここに行くと、屋上からはタージ・マハルが一望できる家族経営のレストランだったのだ。
あいにくこの日停電があったのだけれども、蝋燭の灯に照らされて、ここの家族たちと同じテーブルを囲んで食べるインドカレーは、幻想の光景そのものだった。おまけに旨い。チキンと野菜のカレー、ビリヤーニという炊き込みご飯にチャパティー。夜のタージマハルもそんな食卓に華を添えてくれた。
・・・と書けば大変よろしい話で終わるのだが、残念ながらそこはインド、その食事代がなんと100ルピーだった。何だか家族ぐるみの詐欺にあった気分になる。

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