団塊の世代

団塊の世代ちょっと尊敬している社長がいる。インターネットというインタラクティブ・メディアがもたらす社会への影響を鋭く論じるビジョナリーだ。
ところがこの社長、実際には新聞広告を見て電話で雑誌購読の申し込みをしているんである。「『た』はたんぼの『田』です」と口で言うより、ネット申し込みの方がよいようにも思うのだけれども。

また別に、インターネットという新規チャネルが情報流通の有り様を大きく変革すると主張するコンサルタントがいる。業界でも一目置かれ、メディアとの取り組みを試行してきた先達だ。
ところがインターネット企業に対しては「バーチャルな物を扱って商売と勘違いしている」と、いとも簡単に総括する。その人の商売のコンサルティング・レポートだって、それならばバーチャルな情報に過ぎないのであり、印刷物になっているか画面越しにしか見られないかの違いでしかない。

両者とも団塊の世代(ないしはその前後)なのだけれど、この世代の人たちは物わかりが良いように思えても、実のところ極めてシニカルな「他人事主義者」に感じられてしまう時がある。そして根っこはアナクロなんである。
明確なロジックで新たなパラダイムを解説はするけれども、自己とそのパラダイムとの距離感は、主張する論説とはまた別のところにある。いわゆる団塊ジュニアである僕の世代から見ると、何を考えているのか少々理解しがたい。

愛憎半ばする親の世代ということを差し引いても、僕は団塊の世代こそが現在の日本社会の病巣を作ってきたのではないかと思う。過剰な競争主義、そして拝金指向、ニヒリズムの蔓延。モラルを崩壊させ、子育てに失敗した世代だ。クレバーだけれどもどこかミーハーで薄っぺらく、そして他者への想像力がいささか欠如している。最近出逢ったこの二つの出来事は、そういったものを象徴しているような気がした。

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