1Q84-村上春樹

1Q84-村上春樹発売の数日前に知って、慌ててアマゾンで注文した村上春樹の新作「1Q84」。調べてみたら、村上春樹の新作は7年ぶりだった。2002年に「海辺のカフカ」を買ったときには、確かタイのナコーン・ラーチャシーマーという地方都市にでかけ、バスの中で読みふけった記憶がある。知らない土地で、知らない小説を(それも、希求する小説を)読むのはたえがたい愉楽だけれども、さすがに海外まで出かけるわけにはいかず、僕は近所の喫茶店と、内房線の車中で今作を読み始めることにしたのだった。

面白い本、興味深い本を読むことと、村上春樹の本を読むことの大きな違いは、たぶんその疲労度にある。僕にとっては。

村上春樹の小説は、ただ僕に字面をなぞらせ、そして情景を思い起こさせ、感情を隆起させるだけにとどまらず、そのもう少し奥にある何かを揺さぶり続ける。長く「1Q84」を読んでいると、まるで格闘技のリングに上がり、パンチを浴び続けたような気分になる。それは彼が好きな小説家だというだけでなく、彼の小説が過去になんども僕を揺さぶったせいなのだろうと思う。

そういう小説家をひとり知っているということだけで、ずいぶんと人は救われるものだ。

海辺のカフカ
8/1に読み始めた「海辺のカフカ」上下二巻をようやくに読み終えた。読み始める前は冷夏だったこの夏は、旧盆を前に猛暑にスイッチオンしている。それでもあと数日で軒端の風に秋を感じるようになるだろう。この十日ほどの間に起きたことは、私のそんなに短くもない人生のなかでも確かな記憶に残るものとなる確信がある。

父が珍しく村上春樹を読んだときの日記だけれども、ここ数年の父の文章の中で、僕へもっとも好ましく響いた一文だ。
身辺にいろいろとさざ波が立った時期がこの文章を生んだのか、それとも「海辺のカフカ」がそうさせたのかは分からないけれど、人を少しでも救う小説を父と共有できたとするならば、それもまた僕にとっての喜びに違いない。

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