人力タクシーの営業を始めることにした。あんがい需要はあるもので、「・・・まで行ってくれ」と、スーツを着たサラリーマンが僕を呼び止める。彼を背中に乗せ、さあ出発だ。
近道はさっきのレストランの店内を抜けていく道だ。人混みをかき分け、そこを通 り抜ける。 その先の道が分からない。横にいる恋人に、「地図を見て」と頼むと、「その先の交差点じゃなくて、もう一つ向こうの「富山台」から、大通 りを行けばいいんじゃない?」と、地図を指し示す。
そうだな。確かにそのほうが近いらしい。
見たこともない男が、俺を狙っている。雑踏の中で、そいつはちっちゃな爆弾を投げつける。
あの爆弾が、2回床を転がったら、アウトだ!
とっさに身をよじる。ばかん、鈍い音とともに、そいつは閃光に変わる。おそるおそる、顔を上げる。なんだ、大したことないじゃないか。
「あなたもあの爆風を受けたのね?あれは核爆弾なのよ、あの風を浴びてしまえば、私たちの命もそんなに長くないのよ!」と、そばにいた金髪の女性が俺に言う。
そこにいた日本人は、爆弾を投げつけた男と、俺の二人だけだった、俺は自分を嫌疑の目で見ている彼女に気づき、あわてて英語で弁解しだす。あれ、英語も意外と喋れるじゃないか。
「彼も俺も日本人だ、だけど、俺は関係ないし、どころか狙われていたんだ・・・」
祖父と祖母と旅行に出かけた。
旅先で、瓜のような野菜を見かけた。白い果肉が、しゃきしゃきとした歯ごたえを感じさせる。半分に切って盛ってあるそれは、一見大根のようだ。
一つを手にとって、しげしげと眺めてみる。目を懲らせば、小さな虫が巣食っているのがわかる。5ミリくらいの小さな虫で、何かの幼虫のようだ。
くるりとひっくり返すと、切り口にはその幼虫の卵らしきものがびっしりと付着していた。半透明の小さな卵だ。アゲハチョウの卵のようなもの、それが何十個とかたまって、削り取られた瓜の切断面 にくっついている。
何を思ったのか、それを口にしてみる。じゃりじゃりという感覚が。
こんなもの、食べてはいけない。
あわてて卵を吐き出そうとするが、なぜかうまく吐き出せない。卵が孵化して、口の中でいがらのように引っかかるのだ。嘔吐するように、そのうちの一匹をようやく吐き出す。あの小さな卵から、カブトムシの幼虫くらい、大きくて茶色いイモ虫が産まれてきている。
口中を蠢く、虫の感触が伝わる。必死になって全ての虫を外に出そうと思うが、もどかしいくらいにうまくいかない。あっ。噛み潰してしまった。
水で口をゆすぎたい、そう思うのだが、体が立ちすくんだまま。とにかく虫を吐き出し続ける。そこいら中を、茶色い、唾液と虫の混じった液体が染めていく。
「あんた、あれを食べたんだね」
誰かが呼びかけている。思わず、羞恥した。
恋人と辿り着いたのは寂しい海岸だった。国道から海まで、数百メートルの距離を砂浜が埋めていいる。その真ん中を、単線のローカル線の線路が延びている。
一人旅の女に出会った。
「ねえ、どこか安いホテル知らない?」
「昨日泊まったホテル、ツインで7350円・・・」
言いかける私を封じ、「そんなの、高いよ」という彼女は、よく見れば大きな荷物を背負っている。
「じゃあ、駅前の商人宿とか?」
「それと、野宿」
「シュラフは・・・?」
「ここにあるよ」と、彼女は鞄の中身をのぞかせる。青色の、シュラフがちらりと見える。
よくよく彼女の顔を見る。すっきりした顔立ちで、髪をポニーテールにくくっている。色は白く、細い眉と引き締まった目元が知性を感じさせる。頬から顎へのラインは細くきゅっと切れ上がっており、その終点間近に小さな、閉じた唇がある。
その後もこの子と話をしたんだけど、何を話したんだか忘れてしまった。そんなことはどうでもいい。この子は、俺のばっちり好みの子なんだ。
列車が来て、別々の方向に別れる時間がきた。あわてて紙にメールアドレスを書いて渡す。急いで書きなぐったせいで、文字がよく判別 できない。もう一度、しっかりと書き直す。
列車に乗る。席は空いているのだが、恋人と私、二人分まとまって座れそうな場所がない。所在なく立っている中、彼女がとりあえず腰をおろす。その横に隙間ができたので、私も腰かける。隣の男さえ、もう少し横にずれてくれたのならば、ゆっくりとくつろげるのに。