会津18きっぷ03-会津若松

会津若松で下車せずに七日町まで列車を乗り換え、古い町並みを歩く。
途中の食堂では新年に備え餅つきをぺったんぺったんと小気味よい杵の音を響かせていて、飛び入りでつかせてもらう。あんころ餅や雑煮をご馳走になり、まこと心も体も温まる。

野口英世記念館併設の風雅な昭和レトロな喫茶店で一服した後は、バスで東山温泉へ。

社員寮を改装したバジェットホテルにチェックイン、うたた寝ののち本館の温泉に浸かる。雪国の湯はほんとうに有り難い。手もかじかむ帰りの雪道もへっちゃらな温まり具合だ。

 

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会津18きっぷ02-猪苗代

帰省と青春18キッパーズにもまれながら、宝積寺、黒磯、郡山とローカル列車を乗り継いで、昼過ぎには猪苗代。着いたらさっそくぼたん雪が磐梯おろしに乗って吹きつけてくる。

バスで猪苗代湖畔の野口記念館へ。残念ながら年末休館のため、そばにあるガラス館やら地ビール館やらを見て過ごす。磐梯山と粉雪舞う田園を見ながら、一応ピルスナーである地ビールにソーセージを飲み食いしていると、自分がどこで何をしているかもぼんやりとしてくる。

帰りもバスで猪苗代駅へ。田んぼに白鷺か、と思えば白鳥の群れ。北国を実感する光景。

 

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会津18きっぷ01-宇都宮

思い立って旅に出る。去年はちゃんと予定を立てて出かけたけれど、今年はとにかく青春18きっぷを片手に北上。

朝早くの快速フェアーウェイで宇都宮へ。駅前に開いていた餃子の店で、朝食は餃子。まずまずの味、といったていど。

コーヒーを飲んでから、ただいまさらに北上中。宇都宮を越えると、列車の扉も押しボタン式だ。

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師走の要件定義

なんだかバタバタとした先月の気分をひきずったまま師走に入り、相変わらずじたばたしている今日この頃。

先月は私事では引越でなんだかんだと気疲れし、ついでに今手がけている開発中の案件に加えて新規プロジェクトを走らせてみたらさっそくボヤを出して焦げ臭い。まことにもって年末風情だなあ、と思うところ。自宅でもオフィスでも、湯豆腐から業務フローまで、とにかく要件定義の毎日だ。いずれの場でも実際に手を動かす身ではない自分としては、ただひたすら仕様検討、判断、指示、管理、…この繰り返し。毎日いい勉強になるもんだ。負荷をかけたら成長するってのはほんとうだ。

とはいえ、落ち着いた休みがそろそろ欲しいところ。独り旅にでも出たいところ。

今日は父親のブログにある「疲弊した精神」についてブログで返信するつもりだったけれど、まとまらないのでまた次の機会に。

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中年童貞、電波男、セックスボランティア

  

続けざまに、上記の3冊を読了。特に意図はなかったのだけれども、連読して考えさせられた。

『中年童貞』は、「恋愛至上/資本主義の中で、キモメンたちはセックスどころか恋愛の機会すら与えられず年を重ねていく」という悲劇をレポート(風)にまとめている。
『電波男』は、「そんなキモメンたちの救いは二次元(=アニメや漫画)だ!」と新しい萌えイデオロギーを説く。
で、いちばん社会派な『セックスボランティア』は、セックスという人間が当たり前に持つ欲望と、障害者たちはどう向き合っていくのかについてのルポタージュ。

最初の2冊を読んだ時点では、そりゃ大変だなあとひとごとのように思っただけなのだが、『セックスボランティア』に出てくるいくつかの障害者向けセクシャル・サービスの事例を見ながら、ふと考える。
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丑三つどき

明日の午前中にどうしても提案したい仕様書があって、徹夜中。
開発陣は土日出勤という状況で、企画のチェックが間に合いませんでしたえへへ、では世渡りできないのがこの世の中なので、とにかくなんとかしてみないとな。やることが多すぎて、手が回りません。

自分の可愛いサービス案件なので精神的には余裕があるけれど、お向かいさんの某広告代理店オフィスにもひと気がないのを見れば、ちょっと滅入るのが火曜未明の丑三つどきだ。

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真珠のようなもの inside me.

仕事はできるし人当たりもいいし、と、そんな人と近しくさせていただいている。話をすれば僕にとって大変示唆に富む内容も多く、尊敬することもしばしばだ。と書いて舌の根も乾かぬうちに、仮にこの人の直属スタッフになったら辛いだろうなあ、と思うんである。実は尊敬していないのかもしれぬ。具体的な局面や状況ではなるほど、と思うけれど、常に行動をともにすれば、耐えられなくなりそうだ。

こういう人に評価されるとどうなるか、といえば、毎日プレッシャーとストレスを感じる羽目になる。本人に失敗が少ないせいか、他人の失敗に対してドライであり、評価されていればいるほど、常にその評価相応のアウトプットを求められ、一つの案件でもミスをすれば、あっさりとその評価を下げて省みない。まあ、歴史上の人物に喩えると織田信長タイプだ。少ない経験のうちでしか語れないので、必ずそういうものだとはとても言えないけれど。

昔、能力なんて珠のようなもので、すり減ることをいかに防ぐのかが人生だと思っていた時期があったけれど、最近はちょっと考えが変わり、志やら誇りやら情熱やら、とまあ単語で並べてみれば青臭いにおいがぷんぷんするもろもろこそ、まるで真珠のようなものだと感じるようになった。真珠は大きく育つのにえらく時間がかかるけれど、壊そうとすれば案外に簡単だ。だから、真珠を少しずつ大きくしていくことも大事だけれど、ある意味ではそれ以上に、すり減る危険からすり抜けていくことのほうが重要なのかもしれない、と。

で、話を戻すと、冒頭のようなタイプの人のそばにい続けると、本当に自分の真珠みたいなものが、気がつけばすり減るようなことになるんだろうと、思う。できればすり減らさずに日々をやり過ごしていきたいものだし、その意味では、今案外といいポジションにいる。
すり減らす人はちょいと遠いので、磨耗しない程度の研ぎ石という距離。ついでに、こんな感覚を共有してくれる人のそばにこそ、いたいものだとも、思う。

話は変わるけれど、最近、めっきりあちらこちらで「怒らない人、たまには怒ったほうがいい人」という評判を毀誉褒貶なかばしていただくことが多くなった。それの三分の一くらいは回避で、もう三分の一くらいは性善説を信じていて、残った三分の一くらいは、怒ることで自分がすり減ることがとっても嫌なんだろう、と分析してみる。ついでに、実のところは他人に興味がないから、いつだって感情をぶつけたりしないのかもね、という説も脳裏をよぎる。
……途中まではいい話だったのに、ここまでくると実は己がものすごく保身的で「負けない戦略」を採っているんではないか、と気づき始めて、いささかげんなり。

「負けない戦略」を大事に抱えるなんて磨耗の終着点もいいところだろ、と、もう一回自分に言い聞かせて奮い立たせようとするいっぽう、ほんとうはほかの解釈が成り立つのではないかしらんと、自己正当化を探してみる夜更けです。

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西湖

本日は珍しくアウトドアな休日。会社の同僚とキャンプに、富士五湖は西湖まで。

残念ながら雨降りだけれど、燻製のベーコン作ったりする、オトナの休日。

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夏の昼下がり

所用につき、急な帰郷中。
三十の声をきく、というのはつまるところそういった機会が増えるということでもある。

諸事片づけごとを済ます間に、中仙道の宿場町である美濃太田に立ち寄る。駅から川沿いの街道まで、しんとした商店街の通りを、汗ふきふき歩く。

古民家を改装した休み処で冷えたペットボトルを飲みながら、ふるさとの方言に耳傾ける、夏の昼下がり。

 

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銀座の鮨

人生初、銀座の鮨。もちろん人の奢りだからノレンをくぐれるわけで、とても自分のサイフじゃ入れない。

実のところ、昔から銀座の鮨屋には行ってみたくて、一人一万円の鮨とはどんな味がするのか、行きつけの均一料金136円(税込)の回転寿司の10倍も美味なのか、とひがみ半分に思っていたのだ。

で感想。
いや、世の中にはまだまだ青二才の想像を超えた味福がある、ということをまざまざと痛感した。
第一に、鮨屋なのに鮨はほんの少し、まずはアテで楽しむ。それも夏の盛りの鮑と蛸に穴子の白焼き、出回りのサンマときたもんだ。付け合わせの野菜はこれまた旬の万願寺しし唐。
鮨が旨いのはもちろんのこと、特に絶妙なタイミングで見切られた光り物。とどめはガリと醤油の旨さ。ガリばっかり食べても飽きない。普通のガリみたいに甘ったるくなく、しゃっきりとかすかな塩味が残る。

ひがみ根性もどこへやら、ちゃっかり次はいつ行けるのかなー、と再訪を誓いつつ、確かに銀座の鮨屋は格が違うと実感した夏の夕べ。

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