ほんとうは、茅ヶ崎から北に八王子まで抜けようと思っていたけれど、さすがに夜遅くなりすぎたので断念。茅ヶ崎に戻り、東海道線に。
普通列車なのに、きれいな特急電車がやってきて、ちょっと得した気分。ゆっくりシートに腰掛けながら、鎌倉で買った鳩サブレーをぽりぽり。まことに無駄のない午後でした。
あんまり、旅って感じじゃないけれど。

ほんとうは、茅ヶ崎から北に八王子まで抜けようと思っていたけれど、さすがに夜遅くなりすぎたので断念。茅ヶ崎に戻り、東海道線に。
普通列車なのに、きれいな特急電車がやってきて、ちょっと得した気分。ゆっくりシートに腰掛けながら、鎌倉で買った鳩サブレーをぽりぽり。まことに無駄のない午後でした。
あんまり、旅って感じじゃないけれど。

茅ヶ崎まで、小田急とJRを乗り継ぎ、コミュニティ・バスで海岸へ。
そのまんま「サザンビーチ」という名前がつけられたその浜に来れば、やっぱりサザンかTUBEが自然と口笛になる、ってのは、世代の懐古でしょうかね。
スターバックスで一休みし、相模線でひと駅の北茅ヶ崎に降りる。駅前の「野天湯元 湯快爽快」で温泉につかる。場所が場所だけに空いており、寝湯も壷湯も待たずに入れるのは、泉質が並みなところを差っ引いても、ポイント高し。

江ノ電で稲村ヶ崎の海を横目に、腰越で下車。確か源義経が、兄の頼朝に鎌倉入城を差し止められたのがここだったはず。
海岸沿いを江ノ島まで歩き、片瀬江ノ島駅のそばで釜上げと生の両方のったしらす丼を食べる。生は言わずもがな、釜上げもふんわりした旨味が詰まっていて、噛みしめるたびに潮の香りが口に満ちる。まんぞく、まんぞく。

写真を見て、これが鎌倉小町小路に八幡宮参道とは思えもしない。げんなり。
で、さっさと江ノ電に乗って脱出。駅前で鳩サブレーに「MINORIYA」のソフトクリームを食べるが、なかなか美味い。
…男独りでサブレにソフトクリームを両手に持つのは、ちと辛い。

池袋からあてもなく湘南新宿ラインのグリーン車に乗って、大船を通過、横須賀線の久里浜へ。
久里浜、海辺に食堂なんかがあるイメージで来てみたならば、なんにもない。元来た道を、鎌倉まで戻ることに。

先々週の旅から帰ってきて、そろそろ余韻が抜けるころ。昔からそうなんだけど、旅がはじまる前一週間は「来週の今ごろはどこそこにいるんだな…」と、ぽわんとした夢想にふけり、戻ってきてから一週間は「先週の今ごろはどこそこにいたんだな…」とぼんやり肘をつく。そうやって、ようようクールダウンしていく。牛は胃袋が4つあるというけれど、僕の脳みそも4つくらいあるんじゃなかろうか。旅を反芻するために。
閑話休題。
タイ旅行写真集その3。夜行列車で南の島から戻り、その足でアユタヤへ。最終日はバンコク市内を買い物ツアー的に回り、寝る間もなく早朝の飛行機で帰国。いつも思うのだけれど、体が馴染んだ頃には帰国、だ。そしていつもの繰り言だけれども、長旅に出たい、と思う。
5/4(金)
5/5(土)
5/6(日)
タイ旅行写真集その2。ナコーン・パトムからは夜行急行で、リゾートへの玄関口スラタニーへ。そこからバス(しかも代理店の都合で乗り換え多発)とボートを乗り継ぎ、ピピ島へ。
あいにくの雨だったけど、2度のスノーケリング・ツアーとカヤッキングで毎日海を楽しんだ。
4/30(月)
5/1(火)
5/2(水)
5/3(木)
タイ旅行の写真集その1。バンコクに深夜着のユナイテッド航空で到着し、バンコク市内を観光した後、ナコーンパトムを経由し鉄道で南へ向かった。
4/27(金)
4/28(土)
4/29(日)
ピピ島でのバカンスを終え、曇り空の中でも3回泳げばこんがりと焼けて、一昨日バンコクへ戻る。その足でアユタヤに出かけ、トゥクトゥクをチャーターして世界遺産に指定されたアユタヤの寺院遺跡群をめぐる。ついでに象にも乗る。
アユタヤには1996年、2001年、そしてこの2007年と、この11年で都合3回訪ねたことになるけれど、そびえる仏塔も寝そべる釈迦仏も、何も変わらない姿で僕を出迎える。そうして、僕は10年の歳月とともに、ぷよんとお腹についた贅肉を撫でながら、塔に登りアユタヤの景色を眺める。
遺跡って奴はよくない。
大して変化のない風物を、再訪してあらためて目のあたりにすることは、やっぱり切ない。
最初に訪れたタイの街は実はバンコクではなくアユタヤで、その時駅前から船着場へ伸びる一本道は、乾いた土埃をあげる未舗装のそれだった。
今ではきれいにアスファルトで覆われ、沿道の食堂や土産物屋もいくぶんか小マシな家屋に建て替えられている。あのときの光景は、たぶん、僕だけのもので、それはもうここにはない。それを喜ぶべきなのかどうか、今ひとつ判然としない。
変わるものと変わらぬものを交互に眺めながら(ちなみにチャーターしたトゥクトゥクの料金は11年前から変わらぬ600バーツだった)、僕はまた次の旅のことを思う。旅というものが僕にとって何なのか、いまだによくわからないけれど、腐れ縁ってこういうもんではないかな、と思う。変わるものと変わらぬものがないまぜになりながら、そこには僕をつなぎとめる糸が一本、切れずにぶら下がっている。