太陽に融けた日々:その3

太陽に融けた日々:その3 いつものように、店先にはパパンとカオリさんがいた。まだ僕に気付かないパパンの横顔に、先ほどの会話やチャンダの胡散臭い忠告が、ぐるぐると僕の中で回った。
「ハロー」
 努めてさらりと声を出した。
「昨日はありがとう」
「オー、ノー、プロブレム」
 パパンはあくびをしながら言った。
「眠そうだね」
 パパンはにやりと笑った。僕にすっかり気を許していたのだろうか。
「昨日は明け方までカオリとファイトだったよ」
 カオリさんは困ったような、弁解の笑いが幾分混じった曖昧な表情をした。
 僕は店の中を覗いた。いつものごとく適当な会話をしながら、僕はショーケースの中のネックレスを指さした。以前にパパンが差し出した物だった。
「これはシルバーだよ、磨けば光るよ」
 どうやら先日の会話を覚えていないようだった。数日前と同じようにして、パパンはそのネックレス・ペンダントのガネーシャを磨いた。確かに光は増した。
「これ、欲しいんだけど」
 僕は言い値で支払った。値切る素振りも見せない僕に、パパンの方から「フレンド・プライスにするよ」と、勝手にいくらかの値引きをした。
 その場で、僕はネックレスをつけてみた。
「似合うよ。いいね。お茶でもどうだい?」
 パパンの誘いを断って、店を出た。
 葛藤が僕を襲った。視界がぷつぷつとはぜた。全ては何かを媒介にして、理不尽につながっていた。

 遺跡公園に入る。石工たちが、竹で組み上げられた足場を拠に、遺跡の修理作業が望見できた。よく目を凝らすとただの補修ではなく、レリーフに彩られた古い石ブロックを外しては新しいものに取り替え、その上に彼ら自身が新しい彫刻を刻んでいた。鈍い音がかすかに伝わってきた。
 補修され終えたブロックはその明るい色のせいで、一目でそれと判る。周囲の他のレリーフと繋ぎ絵を構成するために、真新しい作品は以前のそれを忠実に模写していた。その写しぶりは似せれば似せるほど、過去の栄光とはかけ離れた哀愁と化するようだった。
 石工たちは僕などに目もくれず、作業に没頭していた。インドらしくない生真面目さだった。
 カオリさんだ。彼女はそよ風のように静かに寄ってきた。それに応えて僕は、口元を僅かに動かしてみせた。
「暑いね」
 彼女の方から、先に言葉が出た。
「ねえ、まだカジュラーホーにいるの?」
「カオリさんは?」
「わたし・・・?うん、ここ、いいところだから・・・」
「そうだね」
 僕の返答を、彼女は皮肉と受け取ったようだった。彼女の貌は、真摯な哀願と狡猾な卑下がないまぜになった。
 脳裏にパパンの顔が浮かび、僕は視線を落とした。彼女はそれに反応して、僕の想像画を明確にイメージした。
 それで僕たちはパパンの顔を共有した。
「でも、狭い村だなって。・・・みんなの顔を覚えるでしょ?みんなと話すでしょ?」
 何だかね、変に馴染みになるから、誰が本当のこと言ってるのか分からなくなるの、たまに。
「わたしも、ここから別のところに行ったほうがいいのかなって、たまに思うの」
 彼女はそんな言い方をした。そして口をつぐんだ。
「明日出発する」
 僕はそう告げた。
「・・・そうなの?」
 一呼吸置いて、
「そっか」
  と彼女は言った。案外誠実な物言いのように感じられて、そこはかとなく嬉しくなった。

 その日の朝、淡い期待を抱いて「Madras Coffee」に入る。
「Madras Coffee?」
 おやじは、「ネスカフェ、グッド」とのたもうた。

 ジープは既にけたたましい音を立て始めていた。幌の向こうには幾人もの馴染み顔が並んでいる。チャンダの姿まであった。誰もに疎ましがられながらも、排除されることなく列に加わっていた。
「ほんとに行っちゃうんだ」
 カオリさんの声が、騒音をすり抜けた。
 エンジンはさらに唸る。と同時に、人の列が後方へ流れ始めた。ノイズの中に視界がフェードアウトしていく。僕は荷台を介して、彼らがぱらぱらと動き出すのを見る。
  やがて土埃と紛れ、それはあやふやなしみに変わった。

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