1999/01/31 僕の手は届かない

散歩道で、初日に声をかけてきた少年に出会う。日本語の達者な奴だ。
「ドコイキマスカ?」
ちょっと友達の店にね、そんな風に答えると、彼は即座に「パパンでしょ。人を騙す奴ね。」と強い口調で切り返す。「あの女の子もパパンに騙されてるね。パパン、日本人いつも騙す」
彼はそんなことを言った。
カジュラーホーは狭い村だ。
僕がパパンたちと仲良くしていることはすぐに周囲のインド人たちに伝わるらしく、顔見知りになった奴らが、口々にパパンの悪口を僕に言う。
日本の田舎と同じだな、と僕は思った。パパンが本当のところ、どんな人間かはわからないけれど、彼が近所でよく思われてはいないのは確かだった。

パパンは悪い奴ではないが、日本人に受けるせいか客引きや物売りに妬まれている。
パパンはよくいるインド人の物売りで、僕だってカオリさんだって彼のカモだ。
パパンとカオリさんは一緒になって、日本人をカモにしている。

そんないくつかの推測が思い浮かんだけれど、どれだって僕には関係ない。
僕は親切めかして忠告をくれるインド人たちに手を振って、遺跡公園のすぐ横にあるパパンの店に行った。
「ハロー」
「やあ。よく眠れたかい」
「ああ、ぐっすり」
パパンはニヤリと僕に向き合い、
「俺は寝不足だよ。昨日は夜遅くまで彼女とファイティングさ」
明るい日光の下で、カオリさんは昨日より困った顔で笑った。僕だって同じ顔で笑うほかになかった。
彼の店で象の神様、ガネーシャのネックレスを買った。300ルピー。パパンは僕に煙草をせびった。一箱丸ごと投げ渡してやると、彼は大げさに感謝の辞を述べた。
面倒くさくて、何だってよかった。

ホテルの側にある池の畔に座って、ぼうっと水面を眺めていた。気が付くとカオリさんが、僕の横に腰掛けた。
「あたしね、風邪ひいてネパールからここへ来たの。のんびりして、いいところ、カジュラーホーは。パパンも、いるし」
「うん」
「・・・でも、やっぱり狭い村なのよね、ここは。いろいろと。みんな顔馴染みだし、何かと大変なところ」
そう言うと、やはり困惑の微笑みを、僕に向けた。
「これから、どうするの?」
彼女は僕を見上げた。
僕たちはしばし眼を合わせたまま、黙って次の言葉を探した。
僕は、
僕は、
「明日出発するよ」
彼女にそう告げた。
「そうなんだ」
カオリさんはどうするの?
まだここに留まるの?
僕が訊ねる暇もなく、彼女が口を開く間もなく、例のインド人少年が背後から不意に言葉をかけてくる。
「コンニチハ、ナニシテマスカ?」
お喋りだよ、彼にそう言ってから、僕は腰を上げて独り遺跡公園へと歩きはじめた。

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