Trackback Auto-Discovery

Trackback Auto-DiscoveryMovableTypeにはTrackback Auto-Discoveryが実装されているのだけど、今回父親のブログをMTで構築したとき、記事を書いて初めてその仕様を知ってびっくりされた。なるほど、それが当たり前だと思っていたけれど、そこから「ブログといふもの」を説明するのもありだな、とあらためて思った。そういう意味では、以下の「ブログ」は狭義のそれです。

Trackback Auto-Discoveryの仕様を簡単に書いてしまうと、

1:ブログ記事を書く時、別ブログの記事へのリンクを作る。
2:ブログのシステム側(この場合だとMovableType)が、その入力データをDBに保存する際、データ中にあるリンク先の記事を見る。
3:リンク先のURLにRDFがある場合、こちらのシステム(MovableType)がそれを読み、トラックバックを送る。具体的にはRDFに
  trackback:ping=”http://******”
と、トラックバックの受付先が書いてあるので、ここに向けて。

みたいな一連のロジックのことを言う。

で、ここからが原理主義者みたいな書き方になるけれど、ブログは「WebにLogを残せば何だってブログ」ってわけでなく、こういう仕組みが異システム間でも共有されるフレームワークになっているからこそ、ブログなんだ、と思うわけで。

1:ブログを書いた場合、そのブログに対する賛同、反論そのたもろもろをハブとして受け付け、読者への第三者的意見として掲示する。(トラックバックを受け付ける側)
2:あるブログへの意見は公明正大に相手に伝え、相手方がこちらの所感を受け取れるようにする。(トラックバックを打つ側)

アメリカなんかだと、いわゆる実名ブログが比較的多いということと、Trackback Auto-Discoveryのような、公平な公開スキームがあることで、「ブログジャーナリズム」が盛り上がった、というのは別に目新しい意見ではなくずいぶん前からいろんな人が言っていることだ。日本でなぜいまいち盛り上がらないかと言えば、「個人で書き散らかした日記にからむんじゃねえよ」みたいな感情があるからではないかな。ブログ(に限らず個人があちら側にアップロードした著作物」はPublicなのかPrivateなのかって話で、アメリカではわりにPublic寄り、日本ではまだ議論百出ってことだろう。

参考:はてなキーワードでの「無断リンク

でも、個人の意見が平等な(本当にそうかはまた別の問題があるけれど)水平線上にあり、そこへの意見がすべて公開されるって、まあアテネ的な市民民主主義が誰もに(正確にはネットにアクセスしてブログをかける人間、ってことだけど)accessibleになった、ってことなんじゃないのか。
であれば、潜在的な欲求が汎用的なフレームワークを産み出し、そのフレームワークが「モノの言い方」の有り様を決めていくかも、ってことじゃないのか。

「人の話を聞こうね。そしてちゃんと自分の考えを言おうね」というのは小学校から習う素朴なハナシだけれども、それが例えばTrackback Auto-Discoveryみたいな技術に結実し、それがまた世の中のあり方の、まあ一部くらいは方向づけていくってことだ。何だかマルクス主義者の唯物論みたいになってきたな。

Similar Posts:

カテゴリー: B:マジメな話 パーマリンク

Trackback Auto-Discovery への3件のフィードバック

  1. HinaのRea のコメント:

    いやはやトラバの凄さというか、その真実を実感しています。
    そういった意味からは同じブログサービス以外からのトラバ(リンク先の)を拒否するブログサービス(結構多い)とは、
    一体何なのだろうと思います。
    もちろん、リンク無しのSPAMトラバは論外だけど。

  2. ピンバック: 鄙からの発信

  3. もりしま のコメント:

    >同じブログサービス以外からのトラバ(リンク先の)を拒否するブログサービス

    ひとつは、やっぱり利用者のリテラシーレベルにも合わせてあるんだろうなと思います。残念ですが、まだ一般のユーザのなかには「無断リンク禁止」みたいな意識の人もいたりしますので。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です